読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

崩れる通信

「崩れる本棚」創作コンテンツ用のブログです。

崩れる通信 No.1

さて、ついに『崩れる通信』第一回が刊行の運びと、相成りました。

関係各位には、多大なる感謝と、四月十一日付のディズニーシーのファストパスを贈呈いたします。

前号に引き続き、今号も、増刊号の装いで、四人の執筆陣による、華やかな……一部ダークなコンテンツをお送りします。

一作目にしてゲスト執筆者は、現役プロバンド「NEIGHBOURHOOD」のギター兼ボーカル、カワナ氏のエッセイです。

フジロックに行くまでの、暑い夏の空気がビンビンに伝わってくる文章です。

二作目、知り合いのフォロワーで、小説を書けそうな人がいたから「書いてみなよ」と言って書かせた、憂野氏の「みんなの共食い」。

人肉処理アルバイトの話です。

三作目、現役なーすであり、グランジナースで詩を読む文鳥イストの、そにっくなーす氏、「精神科ナースが命を狙われた話」。

人を治すのは命がけ。いや、マジで。というエッセイ。まだまだ続きます。

そして最後がおなじみ、Pさん氏の「Pさんぽ」。もう、読む必要はないですね。

以上四作。さあ、クラクラしろ!

バイクでフジロック

NEIGHBOURHOOD Kawana

「バイクで行ったら楽しいんじゃない?」こんな会話がきっかけだったと思う。去年の夏に後輩と一緒にバイクでフジロックに行った。僕は125ccのバイク、後輩は250ccのバイクで、東京から新潟の苗場スキー場を目指してスタートしたのである。

高速道路を使えば良かったのだが、高速に乗れるのは126cc以上。結果的には後輩を僕のバイク事情で下道移動に付き合わせてしまった。

この後輩はRくんといって、静岡県から東京に上京してきたUKロックと登山とガジェットが大好きな実に目がキラキラした男であった。ある日僕がバンドのライヴを終えフロアにいたところを話しかけられ仲良くなった。

話を元に戻そう。苗場まで下道移動すると5時間近くかかるのである。季節は真夏。5時間近く太陽の下を走っていたらせっかくのフジロックを満喫出来ない。フェスは体力ありきの遊びである。7、8年前にROCK IN JAPAN FESに行った時、注意事項に「無理はするな」と書かれていた。20代の僕は鼻で笑ったものだが30代の今、この言葉が身にしみてくる。

ということで僕らは真夜中1時に池袋に集合し、6時に現地近くの健康ランドで仮眠をとってから、フェスを楽しむ計画をたてた。

基本的にこういうある種のチャレンジには胸が高鳴るタイプであり、Rくんが持ってきたインカム(バイクで移動中もずっと話せるスペシャルなアイテム)も手伝って移動の時間はアッという間に過ぎた。5時間ほど移動しながらずっとしゃべりっぱなしである。いろんな話が出来たので、なるほどこういう楽しみもあるのだなと思った。夜明けの太陽をカメラで撮りつつ、健康ランドでまったりしつつ、仮眠をとっていざ苗場へ。

フジロックの中身については割愛するが一言で言えば素晴らしかった。朝から晩までこれでもかと言うくらいに楽しみ、ヘッドライナーが終わり、ご飯を食べつつ、夜があけないうちに帰ろうと粛々と身支度を済ませバイクを走らせた。

ここからが地獄であった。フェスを終えた安堵感から一気に遅いかかる睡魔。まだフェスは終わっちゃいない。家に帰るまでがフェスとはよく言ったもので事故や怪我をしては台無しである。Rくんは真っ暗な山道をバイクで走りながら「もうやばいっす。記憶飛びそうです。」としきりにインカム越しに嘆いてくる。思考が徐々にネガティヴ化し、声量も段々と落ちてきて、もはやRくんがゴニャゴニャと何を言ってるのかわからない。コンビニでカフェインを入れるも効き目なし。これはヤバイですね、と判断して僕らは朝に仮眠した健康ランドで再度仮眠することに。

今考えても良い判断だったと思う。眠い時は寝ないといけない。特に運転は危ない。

2~3時間だったろうか。ある程度眠気もとれてさっぱりした僕らは外に出て気持ちの良い朝を満喫したのもつかの間、1つの不安が頭をよぎった。「アカルイネ…」まずい。そろそろ夜があけてしまう。大げさと思うかもしれないが、真夏の太陽の下での長時間運転は辛い。僕らは急いで東京へと出発したが太陽は待ってくれない。ジリジリとした日差しに照らされていく僕ら。まだまだゴールは数時間後。体力は次第に削られていく。思考のネガティヴ化も再来。Rくんの声量も下がってきてゴニャゴニャ化も再来。やがてお互い独り言をインカムに呟く末期状態へ。そして東京に近づくにつれて渋滞にはまる。太陽に照らされたコンクリート上はまさに灼熱地獄。信号待ちで両側をトラックに挟まれた時はサウナ状態で頭もボケーっとしてくる。ハッ!と我に戻りアクセルを握る。いかんいかん、家に戻るまでがフェスと頭で繰り返す。

僕らは身も心もボロボロで東京に戻り、池袋で解散した。フェス帰りの顔ではない。お互い心底疲れきっていた。

それから1年、フジロックの話をする時は必ずバイクで行った話をした。バイク移動での楽しさはもちろん、移動費が往復で1500円しかかからなかった、バイク置き場は入場ゲートのすぐ近くなので優越感があった、バイクのメットインをクローク代わりに使えた、などなど。

かなり辛い経験をしたが、笑って話せる良い想い出になっている。正直な話、アーティストのライヴに負けないくらい強烈に記憶に焼き付いている。

これが1人だとどうだろうか?やはり友達と苦労を共にするというのは掛け替えのない経験なのではないか。そんなことを思った。

結果、Rくんとは今年もフジロックにバイクで行った。そして今回もかなり辛い思いをした(Rくんはバイクを停めてそのまま路上で寝てしまったり、僕は電車で帰るとか言い出したり)。だがしかし結果的にまた良い想い出となっている。

来年もバイクでフジロックに行く、、かもしれない。

NEIGHBOURHOOD

2000年埼玉にて結成。

ビブラフォン、ピアニカ、KaossPadなど多彩な楽器を操るNEIGHBOURHOOD。

そのアンサンブルは、前衛的な絵画を連想させる。

13年夏からは1年間に4枚のマキシシングルを連続リリース。

15年2月にリリースした7inchアナログレコード『6 minutes ago [DUB REMIX]』がクラブDJの間で話題となり、同年5月、ダブ・エレクトロニックシーンの重鎮「REBEL FAMILIA」との2マンLIVEを敢行。

ライブハウスに独自のサウンドシステムを導入し、隣接する建物をも揺らす程の重低音で集まったオーディエンスに大きなインパクトを与える。

色・空気・質感などのイマジネーションを「音で具現化する」独特の感性は音楽にとどまらずファッションなどにも派生し、オリジナルブランド「elee」を立ち上げ、幅広い表現活動を展開中。

みんなの共食い

憂野

僕は人肉加工工場でアルバイトをしている。

工場は僕の住むボロアパートから自転車で三十分くらいのところにあり、仕事内容は届いた肉を指示された大きさに切り分けることだ。切り分けには業務用のナイフを使う。このナイフの刃渡りは果物ナイフの倍は余裕であるんじゃないかと思う。僕は豚の解体のアルバイトもしたことがあるので、多少工程が違えど慣れればなんてことがない作業だと予想していた。でも、働いている人間の数が想像よりもかなり少なかった。僕を入れて十人もいない。肉の塊の大きさも量も、この人数でやるのはかなりきつかった。全身の筋肉を駆使して肉と格闘。しかも朝の九時から夜の十時までノンストップ。昼休憩なし。当然とんでもなく疲れる。死ぬ。死んでしまう。他の奴らも白いマスクと帽子で見えないが、死んだような顔に違いない。

それでも僕はこのアルバイトを辞めるつもりはない。だって、ものすごく給料がいいから。先述の豚の解体も過酷なため給料がよかったが、今の給料の足元にも及ばない。ケタがひとつ違う。ここで働きだしたきっかけはインターネットの募集だ。天涯孤独で定職に就かず財産もほとんどない、ボロアパートの格安家賃すら滞納するほど金に困った僕は、とにかく稼げる仕事を探していた。その日は一日中怪しいサイトに載っている怪しい仕事を物色して、やっとこの仕事を見つけた。インターネット万歳。どんなに金欠でもこいつはなくせないぜ。工場は意外と近かった(遠方からでも交通費が出て、工場に寝泊まり自由)し、仕事内容が輸送されてきた肉を分解することだった(何の肉か明記されていないけど)し、日給は詐欺じゃないかというほど高かった。細かい書類審査があったので、送られてきたメールのとおりに実行。普通のアルバイトでまず書かないであろう項目もあったが気にしない。で、文字がびっしりのいかがわしい紙にサインして採用。やった~。

働き始めて数日後、工場長とスーツを着た五十がらみの痩せた男が話していた。そのとき僕は、肉を切ると出るかすが詰まったごみ袋を運んでいて、たまたま近くを通りかかった。最初は聞くつもりはなかったが、「人肉」のワードに思わず立ち止り盗み聞き。曖昧な部分もあるが、肉が人肉であること、なにやらスーツ男のいる組織が関係すること、僕らの給料はその組織から出ていること、工場長もその組織に属していること、が推理できた。肉は見たこともない形をしていておかしいし、違法な肉だとは薄々感付いていたが、まさか人肉だったとは。やはり意識するといろいろ想像してしまい、気持ち悪い。金は毎日きちんと振り込まれていたので幾日か生活できるくらいは貯まったし、辞めたいと工場長に訴えた(もちろんテキトーにでっちあげた理由で)。しかし、あのいかがわしい紙に最低一カ月は働くように書いてあったのだ。よく読まないでサインしちゃってたよ。うひゃひゃ~。そして、その後も辞められず今に至る。

豚肉も牛肉も鶏肉も人肉も全部同じ肉だし、大した違いないじゃん。大丈夫大丈夫。そういう考え方にシフトして、もうあまり気にならない。こうやって感覚は麻痺していくのか……。実感。感覚が麻痺するのは環境に適応するために正常なことなんだなぁ……。これも実感。それより給料。頑張って働いてたくさんお金がもらえる。いいことじゃないか。あれ、あのときなんで辞めようとしてたんだっけ……?

落ちついてくると、考えなくてもいい疑問が浮かんできた。あんなに大量の人肉をどうするんだろう?そもそも、どうやってこんなに大量の人肉を仕入れているんだ……?危険な宗教団体によるものか?ものすごい権力者が人肉愛食家で、秘密裏に海外から仕入れたのか?インターネットでも調査。ほんの少しの情報はヒットするが、どれも都市伝説の類で、信憑性がない。僕がほしい情報とは大分ずれがある。しかも盛り上がっていないので、手がかりになりそうなものは皆無。うーん……。かなり規模が大きい組織のようだし、もっと噂になっていてもおかしくなさそうなのにな……。まぁ、わからなくても仕事に支障はないし、期限がきたら辞められるのだから、問題ないか。そんなこんなで明日でもう一カ月。一カ月の節目に健康調査をするから、前日の今日は一日なにも口にしないでください?へんな健康調査だなぁ。

次の日、僕らはふらふらの状態で数台のワンボックスカーに分けて乗せられた。運転席にはこの前とは別のスーツの男がいた。窓が段ボールで塞がれていて外が見えない。健康調査に必要な器具の揃った場所に移動していると説明されたが、嘘くさい。もう三時間は移動しているんじゃないか?食事を摂っていないので、うまく物事を考えられない。そんなこんなでどこかに到着。周囲を暗幕のようなもので囲われた空間に一列に並ばされ、先頭から順番で白衣に注射を打たれる。打たれたやつは、となりのテントへ。僕の順番がきたので、僕も注射を打たれてテントへ。テントの内部にはベッドがずらり、人数分。寝転がって待つよう指示されたので従う。すると、なんだか、猛烈にねむくなってきた。むにゃむにゃ。おやすみなさい。

目が覚めると僕の体はすでにばらばらに切り分けられベルトコンベアに乗せられていた。うぃぃーんうぃぃーんうぃぃーん。いくつかの工場で解体されたり、内臓を取り除かれたりして、ここにいるわけね。すると、雇ったやつらを決まった期間働かせて、そのあとは肉にしちまうわけだったのか。書類審査は行方不明になって怪しむ人間がいるかのチェック。なるほど。僕の各部位は牛肉、豚肉などに紛れ込まされてスーパーやら肉屋やらに届けられ、売られた。そしてさまざまな家庭の冷蔵庫に保存され、食べられるのをじっと待っている……。

いつも食べている肉が、豚や牛なんかの肉のみだと断言できますか?味だけで産地偽装問題に気付けますか?公表されなければわからないですし、気付いていないだけで他のなにかの肉も食べているんじゃないですか?

本当にその肉は大丈夫?

憂野

1998年、埼玉で誕生。人肉はまだ食べていません。きちんと書いたのは今回が初めてで、絵も描きます。そのうちまたなにかやるので、お願いします。今、豚肉を食べています。おいしいです。よろしくお願いします。

精神科ナースが命を狙われた話

第1回

そにっくなーす

精神医療に関わる人間はみんな犯罪者だ。

精神医療に関わる人間はみんな殺せ。

精神医療に関わる人間はみんな晒しあげにせよ。

そんなふうにツイートし続けている人がいる。

わたしの相互フォロワーのうちのひとりである。

精神医療にかかわる人間であるわたしも、すすんで巻き添えをくった。わたしの芸名であるそにっくなーすとは、ただ単にソニックユースのあのアルバムが大好きだから名乗っているだけの名前ではない。信じてもらえないのだがクビ寸前のリアル看護師なのだ。精神科でボロボロの日々を送っている。

精神医療にかかわる人間を殺したがっている彼は、要するに精神を病んで、精神科を受診し、病気の症状や、クスリの主作用や副作用に苦しめられたりなんだりして、回復の実感もなく、自らをふりまわす精神医療というヤミの世界に怒りをおぼえているというわけだ。

たしかに精神医療は、身体医療の科目よりもつかみどころのない「心」を扱うからして、その原因も真相も根治の方法も闇である。精神科ではいろんな薬をたくさん処方して、どれが効いてるのかわからないけどなんか効いてるみたいだから続けて内服してもらう、みたいなことをやってる事実も少なからずある。それで結局医療費がかかり病院がもうかるのだから、「精神科は今日もやりたい放題」とか言われてもまあそういう考えもあるよねとしか言えない。

しかしだね、それを理由にいきなり命を狙われちゃたまったもんじゃないっすよ。クスリを多剤処方するかしないかは医者が決めることだから看護師であるわたしたちには口出せないっちゃ口出せない範囲だし、今は副作用を最小限になるように調整してるし、多剤処方しないための法律だってできたし、たしかに、副作用や薬飲んでるからこそのつらさは、自分自身も患者だからわかるけど、そうやって憎むことでは何も解決しないでしょう。ていうかあなた、そんなこと言って憎しみばかり増幅させちゃあ症状悪くなるよ。

あ、ていうか症状が悪化してるからそういうことを発さずにいられないのか。まあ現実の人を直接殺傷するでなくインターネット上で毒を吐いてそれで気持ちをスカッとさせるのはコーピング(ストレス対処)方法としても悪くないほうだと思うからそれでもいいんじゃない。それを目にするこっちの気持ちについた傷もちょっと考えてもらいたいところではあるけれどね。

彼のようなひとが全力で否定する精神医療でメシ喰わせてもらってるわけだから、本当はそんなふうにちまちま傷ついてもいられないのだけれど、こんなふうにじめじめじめじめ傷ついてしまうのは、わたしが患者目線と看護師目線の両方でものを思ってしまうからで(言ってしまえば生きている人間はすべからく患者である。病院かかったことない人なんかほとんどいないだろう)さらに母親を難病で亡くしていて患者の家族としての目線でもものを思ってしまうからだろう。

がんがなおらなかったら医者を恨む、精神病がなかなかよくならなくて医者を恨む、そんなの、ざらにあることだと思う。他者への怒りは、悲嘆が癒えるまでの段階のうちのひとつだもの。自分がたのしく自由に生きることが、病気によって阻害されるんだもの。そりゃ誰かにイライラや不安をぶつけたくもなるよね。でもそれは精神科ばかりじゃないよね。

自分の人生を邪魔する、自らの機能不全を病気とひとくくりにするならば、体の機能不全も心の機能不全も同じ病気だよね。それで、機能不全に邪魔されない範囲で人生を楽しもうとする、楽しみきれなくても、ただ生きる、そのために何ができるか、それが、病気をしたひとの、病気してからの人生の始まりじゃん。それを、手伝うのが、わたしたち医療者じゃん。

いつだって、主役はお前ら、病気をしたひとたちなんだよ。薬を飲むか飲まないか、治療を受けるか受けないか、選ぶのは、病気をしたお前自身なんだよ。医者だって看護師だって、みんな、お前のきらびやかな衣装をうしろで支えてる裏方なんだよ。

ときに医療者は知識があっていろいろ患者に指示をしていく場面があるから、ちょっと怖かったり、いうこときかないと殺されるのかなって思ったりする相手に見えるかもしれない。きらきらしてて、いつも上から目線でいいねとか思われているかもしれない。医療者って、ドラマに出てくるみたいな、目のまえの患者さまを救うのです!みたいな大仰な使命感につつまれた天使とか預言者とかじゃないからね。わたしたちは、誰かを救おうなんて思っちゃいない。誰かが、自分の人生を楽しむために、もしくはただひたすら生き抜くために、少しでも助けになれたら。そのためのお手伝いをしてるにすぎない。だから医療者なんて、殺す価値ないよ。誰かを恨むのは自分自身を傷つけることと同じなんだから、誰かを殺すことばかり考えているぐらいだったら、くだらないことやエロいことでも考えていたほうがずっと楽しいでしょう。

中井久夫という精神科の偉い先生がいて、その先生の著作に引用された、文化人類学マリノフスキーのことばに

「不確実な事態に不確実な技術で対応する場合に呪術があり、確実に成功する技術に呪術はない」

というのがある。中井は、「医療は明らかに前者である」と述べている。人間のこころもからだも、機能不全を起こしたときに、こうすれば確実にこうなる、なんて確証は、本来ないのだよ。医者の教科書なんて不確実性のかたまりだよ。わかんないけど、やるしかないから、自然に逆らって、確率をはかったりいろんな方法をためしたりして、人間が積み重ねてきたのが、医療なんだよ。だから、治療をしてみることそのものや方針はよく考えて、いったん決めたらその方法を信頼してもらいたいけれど、でもね、ほかのあらゆる人生のながれとおなじで、これさえあればカンペキ、これさえやれば理想どおりになれる、なんてないのだと、わりきって考えられると楽だと思う。

(※治療の自己決定について……精神科の場合は、治りたい!とか、これは病気だ!という意識が患者さん本人にない場合も多いから自己決定というのはとても難しく思えるけれど、意識混迷レベルの急性期を脱したらあとはどうするか、自分で決めることができる。症状があるということは、病気であるという自覚がなくてもなんらかの困りごとを抱えているということだから、その困りごとをどうしたら解決できるか、という角度ですすめさせてもらうことになる。困りごとの解決方法は人によっていろいろだし、無限大である。ヒントのひきだしはいくらでも医療者やプロの患者さんたちがもっているよ。もちろん、どの医療者と治療をすすめていくかも自分で決めて良いんだよ)

長くなってしまったが、わたしが言いたいのは職種で人を殺そうとするのはやめろってことだ。クソみてえなのが人生だけど、殺されるのだけはごめんだから。お前だってそうだろ。お前自身の病気に殺されるんじゃねえぞ。どうせなら愛した人に殺されろ。いのちだいじに。

酔っ払いバタフライ

そにっくなーす率いる「酔っ払いバタフライ」2014年5月の文学フリマ東京から活動開始。看護師のほかに、バンドマンやら料理のうまいハリネズミやら乙女男子やらセンスいいたぬきやら天才デザイナーやらが属している。本は下北沢クラリスブックスにて委託販売中。

Pさんぽ

第3回

Pさん

やかんの中の氷入りの麦茶は、別の場面との合成であるがフィクションではない。これは中学の部活の時に差し入れとして出された麦茶だ。今は冷暖房完備の部屋で練習するのだろうか。当時はパー練を行う際、音楽室を使える打楽器以外のパートはみな、扇風機もない各教室に散らばるしかなかった。吐き気がするくらい蒸し暑い教室に閉じこもって練習するのがある種の修行みたいに認識されていたのだが、それはそれでおかしい話だ、チューニングもどんどん狂う、空気は膨張すると密度が低くなるので空気柱を共鳴体として使う吹奏楽器は音程がどんどん高くなる。おかしな話だ、打楽器だけが冷暖房完備の音楽室を占拠しているというのも、とんでもなく不公平な話だが、それがきっかけでいじめが発生しただとか、その鬱憤がぶつけられる、みたいな光景があった気がしない。私は占拠する側だ。リード楽器の連中は吐き気を催す臭気を発する葦のリードを啣える。自分の口唇を震わせる金管楽器の連中は、金気とよだれの臭いの混じったマッピ(マウスピース)に、炎天下、唇を当て続けるのだ。

そのどちらの気分も理解せずに、冷暖房完備の音楽室で、人差し指の親指側の付け根にタコを作りながら撥を振り回していたんだけれども、麦茶はここでは出てこず、総勢が体育館に集合して残り一ヶ月を切った大会に向けて最後の調整を行っている時に登場する。全員が一体となって、顧問の先生に熱い視線を注ぐ、禿頭から滝汗が流れるのもかまわずに素手でタクトを降り続ける顧問の姿を、じっと見ている。そんなものだろうか。教室使用の不公平感はここで帳消しにされるというわけだ。教室の机をいくつか借りて、その上に白いタオルを敷き、そこに堂々たる円柱形のウォーターサーバーが置かれた。液体の出てくる穴の直下に茶色いシミが出来ていた。休憩時間から五分も経てば、高く積まれた紙コップが半分の高さになっている。そんなものは何リットル用意していてもすぐなくなってしまう。用意したのは活動に熱心な部長の母親だ。生徒はめいめいそれに加えて、良い音の鳴る氷入りの水筒や、フワッフワの断熱材で覆ったペットボトルを持っているのだが、ペットボトル組は割とすぐに中身がぬるくなってしまうことを発見する。それでも、あらゆるフレーバーの新発売の魅力に勝つことができないので、ついペットボトル派を抜け出られずにいるのだった。いずれにしろ、常温のものでもいいから水分を半日で500mlほども摂取しておけば、重篤な熱中症からは逃れることが出来るだろう。

こんな光景は、今の世の中ではたぶん見ることが出来ない。教室自体がすべて冷暖房完備で、そこから一歩も出ることなく本番の日を迎えるのであろう。この場面ではやかんは登場しなかった。やかんはどこから来たのか?(続く)