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崩れる通信

「崩れる本棚」創作コンテンツ用のブログです。

崩れる通信 No.26

皆さん、本当に申し訳ありません。また掲載が遅れてしまいました。

私事によるところが大きいので、私事を完全になくし、公事としてこれからは生きていくことにします。

公事と呼んでください。

一作目 憂野 ホニャホニャプーの囲い(第3回)

二作目 yoshiharu takui 音楽とラジオと音 童話について(第4回)

三作目 そにっくなーす 精神科ナースが命をねらわれた話 妄想の回 その1(第7回)

四作目 ウサギノヴィッチ ウサギノヴィッチの「長ゼリ」(第1回)

Pさんの諸連載は、回復したら書こうと思います。

それでは。ピロピロリン。

休載のお知らせ:クロフネⅢ世さんの連載、「路上観察のすすめ」は、休載とさせていただきますこと、御了承くださいませ。

ホニャホニャプーの囲い

第3回

憂野

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深夜、近所のTSUTAYAで法衣?おれには馴染みがないからぱっとしないが、僧が着てるあれ、を大胆に改造したわけわからん服着てるヤバそうなやつがいて、目を合わせないようにしとこ、と思ってたら向こうから近づいてきて、おれの名前知ってるから誰かと思ったら中学の同級生だった。

「ひさしぶりだな」

「おう」

「お前いまなにやってんの?」

「お前こそこんな時間にそんな服着てなにやってんだよ」

「服は仕事着っつーか……」おれは思わず苦笑した。

「マジでお前いまなにやってんの?すげえ気になってきた」

「詳しくは言えねんだよ、察しろ」

「ふーん」深入りはしない。

「お前歩きか?」

「そうだけど」

「俺車だから家まで送るぜ」

「あー、じゃあ頼むわ」

こっから記憶がない。気が付いた時、おれは知らない場所にいた。ベンチに座っていたが、いつ座ったかもわからない。暗いからまだ夜中だろう。目の前にはタイヤが並んでいる。軽くパニック。笑っちゃう。ふふふっ、ここ、どこよ。

デッデンデレデレレン♪デッデンデレデレレン♪デッデンデレデレレン♪デッデンデレ……

「うおっ」

静かだったところにいきなり大音量で、かなりびびる。声まで出た。でもすぐに音源はわかって、それはポケットに入ってるおれのスマホだった。不在着信。おれは電話に出た。

「目ェ覚めた?(笑)」

「おー覚めた覚めた、ばっちし覚めた。で、ここどこよ?」

「県内の公園だけど」

「いや、県内の公園ってどこだよ。ふざけてんのか?」

「ふざけちゃいないぜ。俺はそこでお前にやってもらいことが」ブチッ。知るか。おれは帰る。さっそくさっきの番号を着信拒否設定。時刻は午前二時十分。スマホのバッテリー残量五十六パーセント。県内っつってたし、まぁ、帰れるだろ。なんて甘い考えで、圏外。県内なのに、圏外。インターネット繋がりません。おいおい、ここどこだよ。

デッデンデレデレレン♪デッデンデレデレレン♪

音量を下げておいたので今度はびびらないで済んだ。とりあえず出てみる。

「いきなり切ってんじゃねえよ、殺すぞ」

「またお前かよ、番号いくつ持ってんだよ。つーかどうやってかけてきてんの?圏外なんだけど」

「法力だよ法力、法力で電波送ってんの」

「テレパシーとか使えねぇのかよ、地味に現実的な法力だなおい」

「そんなもんだろ」

「そんなもんか」ゴミクズが。

「で、おれをどうしようっての?」

「目の前にタイヤあるだろ?朝まで見張っててほしいんだ」

「拒否権とか」

「あると思うの?」

「だよね」ゴミクズが。

「囲むことに意味があったんだ。でも囲うものがなくなった囲いはもはや囲いではなくなる。囲われていたものが理由なく消えるはずもなく、そいつは穴から逃げ出した。俺は囲いを元の通り囲いに戻さなければいけない。タイヤは走るためのものだ。ホイールから外されて止まっていてもそれは変わらない。人間目線では止まって見えても、タイヤで囲われた空間は動いている。つまり護送車。今はトラブルにつき緊急停車中だけどな。俺はすでに目に見えない数人の囚人をぶちこんだ。ただ、囲いの修繕が間に合ってねぇ。だから穴あきっぱなし。囚人は見張ってねえと出てっちまう。そのための、お前だ。

朝になったら迎え行くから。ちょっかいだされても無視しろよ?じゃあな」ブチッ。ツー、ツー、ツー。ああもうほんといい加減にしろよなちくしょう。

律義に見張る。真っ暗の中見張る。寒ィ。くっそ。あんなクソと関わるんじゃなかった。TSUTAYAでの自分より中学での自分をぶち殺してやりたい。つーか「ちょっかい」ってなんだよ。なんて考えてたら、「きた」。

タイヤの穴から、ゆっくりとはえてくる。暗くてぼんやりとシルエットがわかる程度にしか見えないが、すべてのタイヤからゆっくり、時間をかけて、はえてくる。おれの思考は数秒停止。冷や汗。体が震えてきた。動けない。タイヤの穴を凝視。動けない。

数十分経つと、やっとなにがはえてきたのかわかってきた。

老人だ。

しわくちゃのからだをした全裸の老人が、白目をむいてはえてくる。大量に。髪はどの老人もボサボサで、顔に表情はない。真に無表情。性別はばらばらで、爺さんが十八人、婆さんが十二人。

手前から、爺爺婆爺婆婆爺爺爺婆爺婆爺婆婆爺爺爺爺婆爺爺爺婆婆婆爺爺婆爺。不気味というか、おぞましいというか、形容しがたい気持ち悪さ。婆の垂れ下がった乳房がはえてくる。爺のたるんだ腹がはえてくる。やがて性機能を完全に失っただらしない性器も完全に露出する。運動機能の衰えた大腿、脹脛、骨ばっているのに皮が覆いかぶさっている踝、汚い黄土色の爪が割れたつま先。長い時間をかけて全身が公開。マッドサイエンティストの研究施設みたいに、タイヤに入った老人がずらーっと並ぶ光景は圧巻。

長い時間フリーズしてたおれの意識が肉体に帰ってくる。動いていなかったから全身の節々が痛む。筋肉も攣りそう。取り敢えずのびをしよう。立ち上がる。

「あ「ヴぁう「ぎじゅ「ん「か「ぐち「ひひあ「むにあ「べべぺ「っつっあ「ててて「ふひふぁ「ふぁふぁ「ぉlうぇぁは「っぺ「ごへ「むふ「んじゃしゃ「くきこ「といいう「し「ぶぶ「であ「でだ「きうい「ぉぺ「ふほ「ち「だ「がぎぉん」あ」あ」じゅ」ん」ああ」うぇる」じゅふ」ぶぐあ」ぷぱ」ぐえ」づう」ぁかだ」だ」で」づゆ」ひゅ」ちゅじょ」じゃ」せ」おか」だだだだ」じゅにひ」むみ」でふ」ふちゅ」かで」じゅぅぃ」ぉじゅふ」ぺろっこ」

老人たちは三十人で一斉に、人間の声ではない、例えるなら音質の限りなく悪いスピーカーから発せられる音声のような、ノイズで、お経?呪詛?のようなものを唱え始めた。おれが立ち上がった瞬間。当然びびる。うさぎが射精時に発する声が出たぜ。熱湯かけられたときも出すらしいけど。知らんけど。よく聞くと、こいつらは全員同時に別の経を唱えてるから意味不明に聞こえるんだってわかってくる。ひとりひとりに注意を向けて聴くと、なんてこったい、こいつらはおれの人生の罪状を読みあげてる。ふざけやがって。殺してやる。あ、もう死んでんのかって笑っちまう。

うんしょっと。

おれはベンチを持ち上げていちばん近くにいた爺の顔面にぶち込む。爺の頭はふっとぶ。呪詛は首の穴から聞こえる。

「人間も中身を囲ってる囲いでしかなく、ほんとにほんとなのは魂のとこなんだ!こいつらはそこが腐っちまってるから、ガスが出てくるんだぜ」

おれは狂ったように老人をぶちのめしていく。身体に呪詛がまとわりつく。気分悪くてゲロを吐く。顔は引き攣った笑顔。老人をぶち壊してる。息切れ。

デッデンデレデレレン♪デッデンデレデレレン♪

ぜえぜえしながら電話に出る。

「すまねぇ取り逃がした!そっち行くぞ気をつけろ!」ブツッ。

はぁ?

意味わかんね。

死ねば?

とか脳に浮かんだけど足音が。どんどん近付いてくる。豆粒がみえる。でかくなる。足音も、影も。スマイリーな仮面をつけた髪の長い女。おそろしく速い。

「もっもおもももぉおおおおももももおももももももももおももぉおおおおおおおおおお!!!!!!!」おれはまともに突進を食らい、無様に地面にぶっ倒れた。

「もぉおおおおおおもももおおぉおおお!!!!!だからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!いったああああああでしょおおおおおおおぉぉぉおおおおおお!!もおおおぉおお!!!」馬乗りになった女に何発も殴られる。正面に腕をクロスした楯をつくるが、そんなものは無意味なくらい一発が重い。ベギ、右腕が折れる。ボグ、左腕が折れる。ドグ、肋骨がへし折られていく。顔面が赤くなっていく。口の中は鉄の味しかしなくなる。もうだめだ、死ぬ。

女は殴るのをやめる。助かったか?というのは大きな勘違いで、すぐに頭を片手で地面に抑えつけられる。がああああああああ、われるっ。女はいつの間にか手に持っていたカッターナイフの刃をおれの小鼻の下にあてがう。

「やめてくれええええええええ」

じゅぶ、じゅぶ、じゅぶじゅぶじゅぶ、じゅぶじゅぶ。女は刃を左右にスライドさせて、おれの鼻をすこしづつ切り取る。じゅぶじゅぶじゅぶじゅぶじゅぶ。鼻が熱い。鼻腔と外気が繋がって妙に涼しく、ひゅーひゅー音が鳴る。

鼻という囲いから解き放たれたおれがどんどん外に出ていく。

「あははははははは」すきなだけわらいなさい。きみにはそのけんりがあるんだから。

夢から覚めたおれは実はもう死んでいて、車で意識を失ったときからか女に鼻を切り取られたときか定かじゃないけどどっちかのときにはもう死んでいて、自縛霊的存在として公園のベンチに白目向いて座ってる。四六時中。昼も夜も。囲いは、まだ修繕されない。今日、新たな監視者が派遣されてきた。

憂野

たぶん人間。

音楽とラジオと音

第4回 童謡について

yoshiharu takui

先日見ていたTwitterに、こんな詩が載っていた。

ねこちゃんぴゅんぴゅん

とりちゃんぴっこぴっこ

うささんぴょんぴょん

まりもちゃんぽんぽん

いぬちゃんぼりぼり

ごりちゃんうっほうっほ

ぞうちゃんひねひね

たのしいな

そにっくなーす(@sweetsonicNs)の短い詩。パッと目に入ったとき、まだ喋れない小さな子へ、親が歌うあそび歌のようだと思った。

この詩のように、やさしい言葉、ゆたかな擬態語で書かれた詩や歌をたくさん見聞きするのが、生まれてから3歳、4歳ごろまでの数年間だ。

僕は688グラムの未熟児で生まれたおかげで、発育がとても遅い子供で、3歳になってもしばらくは、片言でしか喋れなかった。

でも、ほとんど喋らなかった2歳ごろでも、耳から入る音楽のことはよく覚えている。その頃から、5歳、6歳ごろまで、親がビデオテープに録っておいた

『第6回 全国童謡歌唱コンクール』の映像は、飽きるほどよく見ていた。

その中で、いちばん印象深いのは、大学生か20代なかばの女性が歌っていた「かもつれっしゃのうた」。

「わー!おかあさんといっしょのあゆみおねえさん(茂森あゆみ)じゃないひとがうたってる!」

当時の気持ちを文字にすると、こんな感じだったかもしれない。表情豊かに楽しく歌う姿を、ビデオで何度も見た。

「かもつれっしゃのうた」が歌われた第6回大会では、男女合わせて4人の大人が歌う「いぬのおまわりさん」もあった。

その中の男性1人が、歌詞に出てくる動物の鳴きまねを演じていたり、最後のところはハモっていたりして、とても楽しい雰囲気だったことをよく覚えている。

この「いぬのおまわりさん」を歌った4人は、第6回大会の金賞受賞者だった。

NHK放送博物館の図書ライブラリーに、1967年から68年にかけて発行された『NHKこどものうた楽譜集』がある。

当時のテレビ番組『うたのえほん』『うたいっぱい』『らっぽんぽん』で歌われた曲が収められていて、そのなかに「かもつれっしゃのうた」の歌詞と楽譜が載っていた。

見た瞬間から、メロディーと『全国童謡歌唱コンクール』の映像や音がすぐに浮かんできて、とても懐かしい気持ちにとらわれた。

楽譜集には「ピコットさん」という曲もある。幼い頃に母親が歌ってくれたのをよく覚えているが、その母親が小学校に上がる前(1964年ごろ)の『うたのえほん』のヒット曲だったこと、

作曲した湯浅譲二が、日本の初期の電子音楽や、大河ドラマの音楽で著名な作曲家ということを知るのは、つい最近のことだ。

童謡といえば、NHKの『ハッチポッチステーション』で、童謡と洋楽がごちゃ混ぜになっているコーナーは、大好きだった。

ローリング・スッテンコロリン「うさぎとかめ」(ボーカルは「ミック・ジャガイモ」)

マイケル・ハクション「やぎさんゆうびん

KISSA「おなかのへるうた」

キリツ・レイ・チャールズ「手をたたきましょう」

三大テノール:パパグッチ・フラミンゴ・カレーライス「ぞうさん」

こんな調子だ。名前だけで、もうおかしい。

中学から高校にかけて、ローリング・ストーンズマイケル・ジャクソン、KISSやレイ・チャールズの曲を知った時、「ハッチポッチステーションでやってた歌だ」と気づくことがとても多かったし、

「うみ」や「森のくまさん」を、ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」「抱きしめたい」と繋げたメドレー、ABBAの「ダンシング・クイーン」が「単身赴任」になっていたのも忘れられない。

童謡に話を戻すと、1960年代のNHKから生まれた童謡は、幼児のための歌でも、メロディーや曲の進行は、大人が聴くポピュラー音楽と変わらない、というのが少なくない。

トンネルをゴーゴーと走る地下鉄を、ゴーゴーダンスと引っかけて、うたのおねえさんがビートに乗って歌う「ちかてつ」は、その白眉だと思う。

今になって、当時のほかの音楽と同じように掘り下げてみたくなった。

精神科ナースが命をねらわれた話

第7回 妄想の回 その1

そにっくなーす

大きなテーマを取り上げてしまった。妄想はあらゆる精神病やあらゆる精神の現象に起こるおもしろいものごとなので、語り尽くせない気もするが、せめて数回編成でお送りしようと思う。

妄想と生きづらさについて、「妄想とはなにか」について未経験者にもわかるよう解説し、いろいろ考えていこう。

てはじめに、妄想の定義から。

「妄想とは、第三者からみて受け入れがたく、現実とはかけ離れた、訂正不能な確信のことである。身体や精神に上があることを想定する場合が多く、念慮、疑惑、早合点、だまし絵を見たときに生じる錯覚、空想(ファンタジー)、迷信などは含まない」(「心理学連邦」より)。

精神医学では妄想を、思考内容の異常から生じる誤った考えとし、「妄想とは根拠が希薄であるのに確信が異常に強固であり、経験、検証、説得によって訂正不能であり、内容が非現実的であるもの」(「精神看護学」宮本正巳)と定義している。

妄想の種別を、ふたたび宮本先生の「精神看護学」から引いていく。

妄想はその本質によって二つに分けられる。

(1)妄想様観念(二次妄想)異常体験から生じる妄想で了解可能な妄想。抑うつ気分から悲観的妄想がみられたり、「殺す」という幻聴から迫害妄想が起こる場合をさす。

(2)真正妄想(一次妄想)「どうして発生するのか」「なぜ起こったのか」が心理学的に了解できない妄想のこと。あんな気分だから、あんな幻聴があるかというように了解できない場合である。真正妄想はさらに次の3つになる。

①妄想気分…「なんとなく変わった、何か起こった、なんとなく不気味だ、なんとなく意味がありそうだ」と何とも形容できない気分が起こる。患者にとっては何かが起きていると体験されるが、その何かが明確にわからない。ただ、異様なもの、不気味な雰囲気が起きていると感じる。

②妄想着想…突然にある誤った考えがひらめき、それが確信される。たとえば、「わたしは神である」と突然に思いつくことである。統合失調症の診断学上の重要性では妄想知覚に比べ低い。たとえば、隣家の少女から愛されていると着想することは妄想着想であるが、現実にありえないことではない。現実に一致していることもあり、統合失調症に特有とはいえないのである

③妄想知覚…偶然に知覚された事実に特別に誤った意味が加わり、それが確信される。たとえば、「赤い服を着た女性を見て、町中にエイズが蔓延していることがわかった」と確信する体験。シュナイダーが統合失調症に特有な第一級症状として取り上げている。

 

妄想は内容によって分類することができ、①他人が自分に危害を加えると考える被害妄想群と②自我が縮小したと考える卑小妄想群、③自分が拡大したと考える誇大妄想群がある。

①被害妄想群…毒物が入れられた(被毒妄想)、妻が浮気をしている(嫉妬妄想)、周囲の人が自分を嘲笑している(関係妄想)誰かが自分を尾けている(追跡妄想)、自分をじっと見ている(注察妄想)、狐がついている(憑依妄想)などがある。

②卑小妄想群…胃が腐る、不治の病で治らない(心気妄想)、金がなくなる(貧困妄想)、嘘をついた、失策をしてみんなに迷惑をかけた(罪業妄想)、自分の身体がなくなる、何もかもなくなる(虚無妄想)などがある。

③誇大妄想群…自分は天皇の末裔である(血統妄想)、ある機械を発明した(発明妄想)など。

引用終わり。

妄想は、自分の知覚認知と実際の現実との間にフィルターをつくる。わりと頑固なフィルターである。たとえば、自分は相手から嫌われていると思いながら人と接するとする。(この確信が妄想かといわれると境界だとしか言えない。これが発展して、たいしてかかわったことのない相手などに対して「こいつは私の敵だ」とか「こいつは私の悪口を吹聴している」とか「こいつが私の食べ物に毒を盛った」とかいう確信になり修正が困難なぐらい本人の中で具体化していくと、病的な「妄想」となる。)たとえ相手がいつも通りのなんとも思っていない態度で接してきても、自分自身は自分自身の思いこみによって「この相手は自分を嫌っているのだ」と決めつけるので、その裏付けを無意識にもとめてしまう。その結果、相手がなにをしても、なにをいっても、なんだか冷たい、なんだかつんけんしている、自分を嫌っているからこうするんだ、と思ってしまう。そうして、妄想フィルターはより強固なものになり、患者本人を、孤立させ不安な気持ちにさせるのだ。

ものごとを、自分の頭で考えるからには自分の知覚認知を無視して目のまえの現実を受け止めることは困難だろうが、自分の認知がそもそも歪んでいると見え方がまるっと違ってしまう。自分の気持ちや認知をふくまない客観的な情報だけを冷静にくみ取ることができたらこんなふうにはならないんだけれど、妄想にとらわれているときはそれがすごく難しい。

臨床で3年間ぽっちだが色んな人の妄想をみていて、妄想は「うかぶ」のと「とらわれる」のは別なんだなという発見があった。ただ「うかぶ」だけの場合は、他者の声かけや自分自身の冷静な思い直しによって、頭の中でそれを修正することが可能な状態。浮かんだ妄想が頭の中をぐるぐるうずまいて修正できず、自分が変な考えをしているということに気付けなくなって混乱をきたす状態が「とらわれる」である。「とらわれる」のほうが重症である。薬でのコントロールや周囲が支持的にかかわることで、「うかぶ」けど「やっぱりちがうよな」と思いなおすまでにまた回復していく。

ある種の妄想は願望から、またある種の妄想は不安から生じる。願望も不安も同じようなものとすれば、妄想の源泉がより深く見えてくるであろう。ありもしないものを脳味噌がつくりあげ、そのありもしないものにふりまわされるのだ。これは病気と診断された人に生じるものとされているが、「嫌われていると思いながら接する」というイメージをうかべると、疾患をもっていない人にとっても、実感としてわかりやすくなるのではないだろうか。

次号につづく。

酔っ払いバタフライ

そにっくなーす率いる「酔っ払いバタフライ」2014年5月の文学フリマ東京から活動開始。看護師のほかに、バンドマンやら料理のうまいハリネズミやら乙女男子やらセンスいいたぬきやら天才デザイナーやらが属している。本は下北沢クラリスブックスにて委託販売中。

twitter:@sweetsonicNs

ウサギノヴィッチの「長ゼリ」

第3回

ウサギノヴィッチ

やっと本腰を入れて、自分が通ってきた「演劇」について語ろうと思えた。色々、紆余曲折はあったが、なにがきっかけかは、回を重ねる毎にそのことについては触れていきたいと思う。

まず、このエッセイっぽいものを書こうと思ったきっかけの一つは、今年から始まった大河ドラマ真田丸』である。脚本は三谷幸喜である。三谷幸喜を説明することは必要ないことかもしれない。絶対にどの世代であっても必ずは「三谷幸喜」という名前をどこかで見てきたと思うからだ。

僕が初めて三谷幸喜の脚本でドラマを見たのは、『警部補 古畑任三郎』だった。当時は小学校六年生で、ドラマがあった次の日にはそのことを友人と語っていた。しかも、当時は再放送が夕方にあってしばしば同じモノが数年に一度で放送されていた。『警部補 古畑任三郎』のすごいところというか、粋なところはインタールードというか、読者への挑戦というか、つまりは解決編の前に必ずドラマが止まって、古畑任三郎が視聴者に事件の解決についてのヒントが出揃ったことをアナウンスすることである。(三期目くらいにはそれはほとんどなくなったような気がする)

それが三谷幸喜との最初の接触と言っていいだろう。そして、高校の映画好きの友人から『12人の優しい日本人』を紹介される。これは同じ名前の舞台を映画化したものだ。その時にはまだ三谷幸喜が劇団をやっていたことはあまり知らなかった。当時の僕の流れとしては『12人の怒れる男』の流れを受けて、日本に陪審員制度があったらこうなるかもしれないというコメディだった。演劇を数年やって、もうスタッフに転向しようとしている時に、舞台版の『12人の優しい日本人』四度目の再演をDVDで見た。そのときの感想は、「すげー」「面白い」とバカみたいな感想だった。しかし、約二時間ちょっとずっと12人の役者が出ずっぱりで、舞台が進行していくのは今考えてみれば、恐ろしい感じもする。常に客の視線を感じながら舞台上に立っていることは、役者と一応やっていたにんげんとしてはちょっと緊張感あるし、休憩できないし、絶対に体験したくないことだなと思った。

12人の優しい日本人』の前の話だが、演劇をやっていた時に仲間内で話題になったのは、三谷幸喜大河ドラマをやるということだった。『新撰組!』である。もうそのときには演劇にやられていたので、演劇に気触れいていたので、「すごいものが始まる」という予感というか期待というか、一種のフィーバー状態になっていた。いざ、ドラマが始まると、「おー」と心の中で叫びながらも、京都に行く前の新撰組の話に飽きつつあった。でも、それを引きつけたのは脚本の力なのかもしれない。『新撰組!』のドラマは毎回ある一日の話として進行していく。それは今までの大河ドラマにはなかった書き方だった。そして、回を追うごとに、新しい仲間ができたり、死んだりする。その新しい仲間が、小劇場界ではちょっと有名な人だとテンションが上がった。ドラマのオープニングでクレジットに名前が挙がるだけで、期待が膨らんだ。たとえば、これは先日友人と話したのだが、勝海舟役が野田秀樹であったことはおそらく一番インパクトがあったと思う。

話が跳んでしまったが、冒頭の『真田丸』についてだが、最近は演劇関係の友人とはつるんでないので、その話にはならないが、きっと演劇人の誰かが出てくるだろうと期待している。「三谷ファミリー」という言葉があって、三谷幸喜と映画などに出演した役者さんが今のところは出ている。草刈正雄の演劇は今のところ一番だし、映画に出たことある寺島進もいい感じ、西村雅彦は三谷幸喜の同じ劇団の役者も安定したものを感じる。まだ、これから大勢の役者が出ると思う。(千利休役で桂文枝が出ることは、フライデーの時に知った)

長いことダラダラと書いてきたが、三谷幸喜は喜劇の人だ。シチュエーションコメディを書かせたら、たぶん日本で一番上手い人だと思う。それは『12人の優しい日本人』で簡単に証明できることだと思う。とにかく、サービス精神が旺盛で、人を笑わせることがすきみたいで、2009年に一度三谷幸喜の劇団である東京サンシャインボーイズが再集結したときには、役者として前半だけ登場して、舞台からはけるまでの間にほとんどアドリブのようなやりとりをして、観客を笑わせていた。そんなお茶目な三谷幸喜を見てほしいと思い最後にした動画を見てもらいたいです。爆笑必死です。

それでは、三谷幸喜を存分に楽しんでください。