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崩れる通信

「崩れる本棚」創作コンテンツ用のブログです。

崩れる通信 No.21

皆様、明けましておめでとうございます!

お正月でいつもの書き手の人々は忙しいと見え、連載の人たちは休載とさせていただくことをご了承くださいませ。

ところが!

ここへ来て、新しい書き手の人が、二人増えました!

そして、二作の小説をお届けします。

一作目、深川眉間さんの「緑色の眼」。

「2001年宇宙の旅」を下敷きにした話、ということです。

二作目、西田俊幸さんの「世界一面白いミステリー小説」。

犯人の淡くゆらめく心情に思いを馳せた一品、ということです。

それでは、本年も崩れる本棚、崩れる通信をよろしくお願いいたします。

緑色の眼

第一回

深川眉間

じっと眺めているとその円盤には傷がある。

プラスチックでもなんでも生体でないものの傷を治すには、その傷を埋めるしかないのだが、この円盤はそういうことを受け入れることができない。まだ幼若であるからだ。

「埋めることでしか傷を治せないなんてつらい」

そんなこと言われたって。ほら、ちょっと高いパテ買ってきたから、これで機嫌なおせよ。

「あたしだって、生体みたいに傷を自分で治したいの」

工員は頭を垂れた。なみだがながれてしまうのを、円盤に気取られないようにするためであった。

工員はささやいた。ごめんね。君をプラスチックなんかで作って、悪かったよ。君が決して死なない体でいてほしかったから、それだけなんだ。君のことが大事だから、こういう体につくったんだよ。君はなにより、生体であったことがないから、なにも知らないだろうけれど、生体は傷つくと痛みを感じる。痛みってなんだかわかるかい?

「しらない」

傷がついたところからジンジンと体全体に伝わっていって、思考機関を覆ってしまう、生体反応のことなんだ。

「あたしだって感じてみたい。そういうものを」

いいんだよ、君は宇宙や時代をくぐり抜けて、僕らよりも長くつよく生きなければならない。そのためには、生体であることはとても不便なことなのだ。生体は腐る。死ぬ。限りある生というのは、儚いものだよ。

「あたし、あなたと一緒に死にたい」

だめだ。君はいまから、スペースオデッセイの旅にでなければならない。

「いやだ」

行くんだよ。そのために君は生まれてきたのだ。

「一緒に来てくれないの」

僕はそろそろ死ぬんだ。工員は言った。

工員は重い神経難病を患っており、この円盤が彼にとって最後の産物であった。

あとのことはすべて、部下たちに任せてある。

「としおさん」

円盤は涙声になったが、涙は円盤の機能には搭載されていなかったので、緑色の視覚カメラからはなにも流れなかった。

「涙がながれないようにあたしを作ったこと、一生恨んでやるから」

君には涙は必要ない。その緑色に輝く目で、たくさんのものを見ておいで。そして、見てきたものをICチップにたくさん記憶して、帰ってきたときに、すべて、僕たちに見せてほしい。

円盤は出発した。

傷は高価な方のパテを塗布することで我慢した。

あの工員は、あたしが帰ってくる頃にはきっと、もういないであろう。死ぬってことはどういうことなのかしら。それはものすごく安らかで、美しくて、一瞬の閃光のあとにずっと太陽のまぶしい光が続くと、工員は言っていた。あたしは円盤だ。工員が、生体を一切使用せずあたしをつくったから、あたしはたぶん、幾千年もこの世の中を漂っていられる。でもそんなことになんの価値があるのだろう。

工員は言っていた。たくさんのものを見ておいでと。

いまあたしにできるのは、工員の言ったとおりの仕事を遂行させることだけだ。

ぴるぴると信号を送信して、円盤は現在地を家に送信した。受信機にでたのは工員の部下のひとりであった。

まだ、彼は生きているだろうか。

時空を超えた。

時空を超えるとき、景色はとても地味だ。きらきらしてはいない。茶色い、便みたいな色をした景色がひたすら続くだけだ。夢を壊したくないから、工員には、「時空を超える瞬間は虹色に輝いている」と嘘をついた。工員も死ぬときにそこを通るだろうと言っていたから、そのときにはびっくりさせてしまうだろうな。でも死んだらもう話したり会ったりはできないのだし、嘘だと気づくほどの意識も残っているかわからない。円盤のことも忘れているかもしれなかった。

さいしょの景色についての記録

チンパンジーが骨を投げた。

チンパンジーの指紋をひとつひとつクローズアップする。それは彼らの種族には珍しい波形をしていた。

祝うべき日が訪れた。

彼ら(の一部)は今日からチンパンジーであることをやめる。

種族の多様な繁栄を義務づけられていたことを彼ら自身も各自なんとなく知っていたので、ある種族は木に残り、ある種族は海のなかの木へ帰り、またある種族は木から去りチンパンジーであることをやめることとなった。

木に残った者は36%、海の中に入った者は18%、木から降りた者は46%。

木から降りたかれらは、群を維持しながらどうやって陸上で生活するか会議を始めた。

翌々日には食事形態を大幅に変化させていた。かれらのもともとの食事は木の実や葉などであったが、その日には近くでたまたま死んでいたちいさなリスの肉を食べていた。リスの肉は脂肪が少なく、毛ばかりがじゃまするので食べにくい。最初こそしんどかったようだが、毛をかき分けて実にうまそうに肉を食った。植物よりも力が付いたようで、その日から狩りが流行した。木の上で36%のチンパンジーがじっと見ていた。黒目の多い眼球は樹上から仲間であった者たちの様子をじっと見ていた。木から降りた46%のほうは、樹上からかつての遺伝子共有者たちがそんなふうに見つめていることにまったく気づかなかった。狩りはそれほど彼らを夢中にしたようだ。もともと木の上なんかに価値は見いだしていなかったとでも言いたげに、46%のチンパンジーであった者たちは陸上生活を満喫していた。

木から降りたチンパンジーのほとんどは、樹上生活に適しにくい形態の指紋をしていた。

つづく

深川眉間

21歳男性。

世界一面白いミステリー小説

西田俊幸

この世の中で起きることすべてが現実であるとは限らない。それゆえ、西の方の空で電飾がビカビカ光っているように見えたとしても、走者の不注意で閉じ括弧を置き忘れただけだという可能性が、午後三時に至っても残っていることがあるのだ。

エアコンの故障の戸惑いから立ち直れずマンションの玄関の前で立ち往生している梶井基次郎の目の前を通り過ぎながら、ゴボウを背骨に通して姿勢を維持しているユキオ、髭が完全に剃られて伸びきっている片肘ユキオは周囲の光景を睥睨した。

睥睨しながら胸ポケットの中に入っているクオカードが、ほんとに存在しているのかどうかを、サワサワして確かめた。夢のようなクオカードだ。まるで夢カード。この階は七階でほかに七階は六室あり、廊下はまっすぐに行ってからL字に曲がる廊下で、西側の睥睨が可能だ。隣に建つ同じ高さのマンションを睥睨する、ユキオ、片肘ユキオの眼はすべての光景を見ながら何も見ていないかのように瞳孔をグログロ開け続けていた。もし、ここにカラスでも停まろうものなら、九時の方向に障害を見つけた美輪明宏そのもののようにカラスの足につかまり、そのまま滑空するように飛び去ってしまうに違いない、そんな眼つきをしていた。再びクオカードの位置を調整する。

玄関の鍵を、「ガチャッ」たる手つきで開けると、ここからがミステリーの始まりなのだが、血まみれのぶしつけな光景が、いまいち締りの悪い瞳孔の中に、ボリボリ這入り込むのであった。

パリの街区は凱旋門を中心に放射状に構成されている。

乾電池で動く電灯が灯っていなかったので血のりはどす黒く表示された。モザイクはなかったが暗いのでどちらにしろ判別不可能だった。玄関から這入って即お目めにドン、ということはその暗い血のりの出所はすくなくともリビングのガラス戸から手前にあったということになる。(ケチャップである可能性をまだ片肘、ユキオ片肘の側頭葉が捨て切ってはいなかった)三十年前に撮影された片肘家の家族写真のフォトフレームにも、その赤黒い絵の具のようなドピシャが乾いて張り付いていたということらしい。それから、フローリングの床の合わせ目に沿って、羊毛みたいにモコモコした小腸を引き摺った跡みたいな、ものがある(ケチャップ……!)。

梶井基次郎が、エアコンの室外機を疑い始めた。まだ見ぬ、想像の中の、彼の想像だけで構成された、ピンク色のまばゆいフレッシュな室外機。

片肘ユキオが慣れた手つきで蛍光灯の明りを点けた。相変わらずモザイクはかからないままだった。モザイクには四角いブロックに分けるもの、縦長のそれ、ピクセルをランダムに入れ替えるもの、あるいは黒く塗りつぶすものなど、さまざまである。そのどれもが、復元者に気を使う形でなされた「可逆変換」のモザイクでない限り、復元は不可能である。すくなくとも、一枚の画像のみであれば。

ただし、それが動画である場合。複数のフレームのモザイクを複合して、位置と色合いを連立方程式の中に組み入れた場合には、その限りではない。じつは片肘ユキオの眼球にその類のニューラルネットワークが装備されていて(いわゆる「インプラント」というSF小説によく出てくるギミックだ)、目の前にある現実それ自体は完全にモザイクなのだがそれをリアルタイムでデコードしているという可能性は、可能性であるだけに、捨て去ることはできない。捨て去ることは不可能だ。第一、クオカードの残量はゼロだ。記念クオカードでもなんでもない。ただ胸ポケットに入れておき、いざ散弾銃で打たれた際に「これがあった為に助かった」ごっこをしようという心積もりがあるだけなのだ。

胸ポケットをサワサワした。ひそかな満足感が湧き上がる。遺体は一体どこへ消えたのだろうか? 犯行動機は? アリバイは? 凶器の行方は? そして、クライマックスのBGMは?

それらすべてのヒントを、梶井基次郎の小説の中に隠し、隠したまま、全部丸投げするだけで解決の糸口すら与えぬまま、この小説は終わる。

西田俊幸

会社員をする傍ら小説を書く素人。「群像新人賞」に毎年原稿を送りつけ、落としている。